活動実績報告


御柱勉強会報告[4月22日 森林観察学習部会]

「御柱の起源を知ろう」
  〜知っておきたい御柱の話、今さら聞けない御柱の話〜
今、この地域は御柱一色。御柱の話、外部の人に聞かれて困ったことはありませんか。
急遽、勉強会を企画しました。知っているようで知らない御柱祭の話、里引きに向けて、一夜漬けしておきましょう。
20100326本宮一之御柱
日  時 4月22日(木)午後7:00〜午後9:00
場  所 茅野環境館 2階会議室
環境館建物の右手裏に2階への入口があります。
講  師 永沼 治 氏
参 加 者 14名 (別に資料のみ1名)
永沼先生が撮影された貴重な画像を見ながら、「薙鎌(なぎがま)」の話を中心に、御柱の起源を探りました。

講演内容

森林観察学習部会 南波 一郎  

 
 御柱に関する勉強会が永沼治先生を講師に環境館で開かれました。
 7年目毎の御柱祭りは山出しが終わり里曳きまでの安置期間に入っています。御柱の曳行は木落し、川越し等、華やか勇壮な事は現場を見たり、TV中継でもお馴染みですが、諏訪大社の起源、御柱と薙鎌の歴史等は敢えて求めなければ得られにくい知識と思います。
20100422勉強会
 この度の講演会はそこに焦点を当ててご説明頂きました。充分理解が出来なかった部分もありますが講演の要旨を下記します。
@ 諏訪大社
  全国に1万余社ある諏訪神社の総社が諏訪大社である。 御神体は上社が建御名方の神(たてみなかたのかみ)、下社が妻の八坂刃売命(やさかとめのみこと)である。
原始の信仰は、神が巨木・高山・巨岩に天孫降臨するという自然信仰で、上社の場合は守屋山に降臨するとし、守屋山を神が鎮座する神聖な山として信仰してきたため上社には本殿がない。
A 諏訪大社の起源
  古事記によれば建御名方の神(たてみなかたのかみ)は、出雲の大国主の神と越(糸魚川地方)の女王・奴奈川姫の神(ぬながわひめのかみ)の御子神で、国譲り争いに破れ、出雲の国から逃げてきて諏訪にとどまり諏訪をよい国にした。諏訪明神と呼ばれ、諏訪大社の祭神として祀られた。
小谷地方の姫川沿いの逃走路には、諏訪神社が18社もある。
B 御柱祭
  御柱祭りが諏訪大社で行われる起源は諸説あり定かでない。歴史は記録がある 1200年前が最古であるが縄文時代から行われていたとする説もある。御柱祭の内容は ご存知の通りなので省略する。
C 薙鎌(なぎがま)
  諏訪明神の象徴であり神器である。凪鎌とも書き風を司る神器であり、また作物の増産を司る神器でもある。長さ30cm程の弓状の鎌で頭は鳥の形をし、背面にはギザギザし蛇の鱗を現している。古式に従って鉄で造られ鉄文化の象徴とも考えられる。
御柱祭の前年諏訪大社の宮司が2個持参し、その1個を小谷村(旧中土村)の大宮諏訪神社に奉納し、他の1個は小谷村(旧北小谷村)の戸土の境の宮、中股の小倉明神の御神木に7年交替で打ち込まれる。
何故、戸土の境の宮・中股の小倉神社の御神木に薙鎌を打ち込むのかは、母君の奴奈川姫の神の故郷・糸魚川地方が一望できるからという説が有力である。
この薙鎌打ちの神事が終わると御柱用として仮見立てした上社の本宮・前宮の8本の巨木に薙鎌を打ち込む事によって御神木となる。

2010.4.29